在宅医療の研究・教育・実践の場 仙台往診クリニック www.oushin-sendai.jp
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理念

在宅医療の概要

はじめに
この世界(あるいは状況)に私たちが生きているかぎり、切っても切れない状況と私との関係を継続しなければなりません。在宅医療に携わる人にとって「私と状況との関係性」を抜きにして行動することはできません。そして私と、私が置かれている状況との関係性が語られたときに、他の医療とは如実に異なる在宅医療の特質が見えてくるのです。在宅医療を目指す人たちにとって避けては通れない「私と状況との関係性」を簡単に示し、今まで学んできた医療との違いに触れてみてください。

私と状況との関係性:その1
その1では、私の意思(意味・心・意識など)と状況との関係性について考えて見ましょう。

1)医療者はたいてい理科系の人が多いので、長い間主観の私と対象となる状況たとえば患者さんの身体などがそれぞれ別のものであるという、独立性を基本としてかかわってきました。図1の上段がそれを差します。「そこにいる患者さんは私とは別個の存在だから対象として観察(診察)し、把握(診断)し、操作(検査・治療)を加えることができる。」と医療者は考えます。
この場合、私は私で独立していて患者さんは患者さんで独立しているから、患者さんは客観的対象として単体で表現できます。単体で表現できるものは集めれば集合となり統計計算が可能となります1)。統計的に示された結果がエビデンスとなるEBMの思想は個々の独立性を基本としています。私と患者さんとの間には共通点がありませんから、医学知識・医療技術・承諾書等の契約・スキルを介してお互いの間を取り持つことになります。個々の独立性を根拠とした『全体は部分の総和』である論理です。

図1

果たしてこのような主客分離の科学的な把握方法がすべてに通用するのでしょうか。1)の考え方とは違うものの見方があることを学びましょう。

2)図2の左では、「暖かくて良い日差しだなあ」と私はまぶしい太陽を見ています。私に太陽が見えているのですから太陽は私の知覚の中に入っています。これを「知覚は対象を含む」といいます。そして私たちは知覚したと同時に意味として捉えますから「意思は対象を含む」と2)言い変えることができます。
さらに、私たちの心はいろいろな心理状態を寄せ集めた集合体ではありません。一つの情報・刺激が入ると、私の意思はたちどころにその全体が変容します。これを意思の全体性と言います。あなたが彼女や奥さんと仲良く話をしていたのに、ちょっと上の空で言葉を返すと「なによ!ちゃんと話も聞かないで!」と怒られるでしょう。
図2の右に示されるようにカラスが視野を駆け抜けるだけで私は「不吉だ!」と思うように、心が全体として変容するのです。このように心理構造は『全体は部分の総和とは異なる全体性』を持つのです3)・4)
入力されたものが些細であっても意思の全体が変容するのであって、単純に足される総和すなわち集合体ではありません。刻々と変化する意思の変容を図3に示します。

図2
 

図3

仙台往診クリニックは開設当初から患家に白衣を着ていきません。現在250名の患者さん宅にお邪魔しておりますが、8年前100名の患者数のときに「もしこれから医師・看護師が白衣を着ていくようになったら皆さんどのように思われますか?」というアンケート調査を行いました。結果は患者さん全員からダメ出しされ「白衣を見ただけで言いたいことが言えない。」「今までの先生が気安い先生じゃなくなる。他人になってしまう。」というものでした。図2の右のカラスがすなわち白衣に当たります。
平然と白衣を着て説明を行い事前指示を取り付けるとしたなら、患者さんにはすでに相当の心理負担が掛かっていることをその医師は気づいていますか?
これを私と患者さんとの関係に応用すれば、図1の下段に示すようになります。私と患者さんが出会った瞬間から、患者さんの目には私の姿が見えるし、私の声が患者さんの耳に聞こえます。私は患者さんの知覚に含まれた状態になりますから、私にとって患者さんは、もはや「独立した患者さん」ではなくて、「私の影響を受けた患者さん」を私は見ているのです。
こんな些細なことで示される内容でもお分かりのように、出会った瞬間から人間関係に独立性はないのです。互いに含み・含まれる両者の相補関係こそが人間関係の基本です。そのことに気づいたとき、両者の間には共同主観性5)(自分と他者達とが、相互に主体として出会いつつ単一の世界を共有すること)が生まれるのです。

医師−患者関係を論じるときには、1)互いの独立性を基本とした・私が含まれないそれぞれに関する関係論と、2)互いが独立していない・私が含まれた全体に関する関係論6)の、二つを学習することが必要なのです。
本来、患者さんの希望する医療を医師が行うことができるためには、刻々変わる患者さんの意思が"分かる"ことが前提となります。この"分かる"こと、すなわち上述の1)と2)の詳しい分析については、『在宅医療概論』でお話しします。

私と状況との関係性:その2
その2では、実際に患家に赴いたときのことを想像してみましょう。
患者さんの家にお邪魔するということは、図4のようにその家の生活24時間の中で医療が繰り広げられるということです。つまり、患者さんの身体だけを対象として診察しているように見えても、実はその家の生活構造の中に組み込まれた私がいるのです。私の何気ない一言が、その家の人たちに嫌な思いをさせるようなことがあるなら、「楽しい生活」が一瞬にして「一日中嫌な思いをした生活」に変わってしまうでしょう。私はすでに患家の生活全体の構造に組み込まれていて、その生活自体を、構造の内側から支える一員となっているのです。

図4

私が車で患家に着くとすでに座布団とお茶が出ていました。「何時に行くよとは言っていないのに、なぜ来る時間が分かったの?」と聞くと、「先生の車の音は皆分かるよ。だからすぐ用意できるんだ。」と言うのです。車が着くと、患家に入る前から、私はすでにそのお宅に影響を与えていたのです。 図5は一般によく使われる在宅支援の模式図です。それぞれの事業所が生活者(患者さん・家族・親戚など)宅に赴いて、医療・看護・介護を提供している図式です。ここでは、それぞれが独立していますから、その日の提供が終われば関係性が途切れます。
しかし、私が生活の中で医療を行っているかぎり、私は常に生活者の世界に含まれています。そんな私に似つかわしい図は、実は図6であるといえます。私は生活者の生活構造の内側から、外の世界に向けて生活者を支えている7)のであって、私とは別個の、対象としての患者としては決して見ていないのです。
であるならば、日曜・祝祭日・夜間であっても、緊急の連絡があれば「当然」対応するに決まっています。なぜなら、私はその人たちの生活世界の中に組み込まれた一員だからに相違ありません。在宅療養支援診療所の要件はこれに沿っているのです。
さらに実践で体験しましょう。仙台往診クリニックがあなたをお待ちしています。気軽に見学してください。生活に溶け込んだ医療は客観的把握ではなく実感することです。

図5
 

図6

医師−患者関係
私が医師になった28年前は、医療提供者が「良かれと思う医療」を一方的に与えることが多かったように思います(図7)。しかし、近年は様々な選択肢を提示して、「患者の主体性」の名の下に、あたかも選択権を患者さんに与えたかのように見せ掛けながら、「あなたたちが選びなさい。」と突き放していることが見受けられます(図8)。
でも本当に必要なのは図9のように、『医師と患者が互いに相手を思いやる全体性を構築』して、その全体で決定してゆくことではないでしょうか。全人的医療の本質はここにあるのです。

図7
 

図8

図9

在宅医療
従来の医療は、対象を変える医療でした。確かに客観性は多くの医学知識と医療技術をもたらしました。しかし、その一方で、本来の人間関係性が次第に失われてきたのではないでしょうか。なぜなら、本来の人間関係は対象の把握ではないからです。
在宅医療は対象を変えるのではありません。図10に示すように、Aさんの家にいけばAさんの絆に触れ、家風に沿うような関係性を作ります。Aさんも「私を含んだAさん」に変容し、互いが同じ形態になることで納得のいく医療が行えるのです。Bさんの家に行けば、Bさんの絆や家風があります。Bさんに沿うように互いに変容し、また違う形態の中で医療が行われるのです。
在宅医療はこのように、対象を変えるのではなく、『私(医療者)が変わる医療』である点に大きな特質があるのです。

図10

【文献と注釈】

1) 集合論における独立性:2回またはそれ以上の施行が、互いに独立であるという概念は確率論の中心的課題である.コルモゴロフ:確率論の基礎概念.根本伸司 訳.東京図書、東京、p10、1991.
2) 意思は志向する対象をその内に含む:ブレンターノの記述心理学における心的現象の解釈.現象学事典.木田元 他編、弘文堂、東京、p177、1994.
3) クルト・コフカ:ゲシュタルト心理学の原理.鈴木正彌 訳編、福村出版、東京、1990.
4) 一つの全体:要素に分解したのでは霧散してしまうそれ自体が一つの全体であるような性質のことである.現象学事典.木田元 他編、弘文堂、東京、p111、1994.
5) 廣松渉 他:共同主観性の現象学.世界書院、東京、p6、1986.
6) 互いが独立していない・私が含まれた全体に関する関係論:通常、数学におけるパラドックスは「自分が含まれた論理」でありこれを数学自身は客観的に証明できない.「数学が矛盾を含まないということを確認することは数学的には不可能である」.竹内外史:ゲーデル.p52、日本評論社、1998.
7) 川島孝一郎:在宅医療の基本概念と近未来.癌と化学療法.pp10-13、Vol30.SupplT、2003.